豊臣みな兄弟(意味深)

 その場に行きあったのはまったくの偶然であった。
 いつものとおり、やたら大きな正則の声が響いてくる。
「マジわっけわかんねえ」
「しっ、声が大きい」
 たしなめているのは清正である。そろそろ蒸し暑い季節であるというのに障子を締め切ったその部屋は、普段は物置に使っているところだった。
 こんなところにこもってひそひそ話など、およそろくな相談をしていまい。ぴり、と眉をひきつらせた三成は、障子を引きあけるべく竪框に手をかけた。――ところで、とどまった。
「吉継はよお、俺じゃダメだっていうんだよな」
 ボソボソと声を潜めた正則の出した名に、また眉があがる。三成の立つ場所は日陰だったので、影のうつる心配はなかったが、反射的に柱に身を寄せた。息を殺し、じっと様子をうかがう。
 吉継、ときいて捨てておくわけにはいかぬ。
 自分と仲良くしているからには、ほかの者との折り合いもよくないであろう――と、三成はやや傲慢に思い込んでいる。じっさいは案外そうでもないのだが、思い込みの激しい三成には、そうやって若干、自分基準でものを推し量る癖があった。
 ただでさえ、すこし前より本気で吉継に懸想をしている身であった。もし正則に因縁でもつけられているなら、見過ごせぬ問題である。
「断られたって、おま、まさか……!?」
「そ、そんなバカな……正則のくせに……!」
「な、なんでだよ!? 素人童貞なら大丈夫なのは清正で実証されたはずだろ!?」
 聞いた声がいくつかざわめいた。みな小姓あがりの、見知った同僚たちである。いったい何人いるのだと思いながら、不穏な単語が気にかかる。
 童貞がどうした。
「んあ? ああ、まぁ言わなきゃわかんねーだろって思ってたんだけどよ、なんかよお、匂いが違うとか何とか」
「ああ、それは俺のときにも言われた。ちょっと渋いが許容範囲だからとか」
「意味わかんねーよな匂いとか。俺そんな臭くねーと思うんだけどな。なぁ清正」
「正則くっつくな、暑い」
「てか、そこじゃない。正則おまえ、まさかの非童貞とかありかよ」
「抜け駆けか! 相手は誰だ! 素直に吐け!!」
「あー、それ秘密なんだよな。言うと清正に怒られムグッ」
「ちょ、やめろ馬鹿!」
「なんだよ清正知ってんのかよ! 教えろよ!」
「うるさい! 知らん! 俺は知らん!!」
 部屋の中はすっかりわけのわからない話にすっ飛んでしまい、三成は思わず打ち付けたくなった拳をすんでのところでおさえ、握り込むだけでとどめる。
(違う! そうじゃない! 吉継と童貞に何の因果があるのだ!!)
 ひとしきり知ってるの知らないのという話をやんやした後で、ようやく話は本題にうつった。
「……で、結局やっぱり童貞しかダメってことなのか」
「そうみたいだな……うう、こんなことならカラカラになるまで絞ってもらうんだった」
「や、そりゃダメだろ。それやるとほかの奴でちゃんと勃たなくなんだよ」
「えっなにそれこわい」
「な、清正」
「は!? 勃ってるだろ!?」
「いやまぁ勃ってるけどよ、若干こう勢ムグッ」
「だからそういうのやめろ馬鹿!」
「清正の勃起不全はどうでもいいんだって」
「だから違う!」
 全くその通りである。清正が勃起不全だろうとなんだろうと、今は重要ではない。
「はぁ……吉継は童貞しか食わない主義って本当だったんだな……実に残念すぎる……」
「こう、拝み倒したら先っぽくらい」
「言葉のあやでせめて踏んでくれって言ったら踏むだけはやってくれて、変な方向に身を持ち崩した奴を俺知ってる」
「いや、いっそ無理矢理力づくでこう」
「それやろうとして庭の池まで投げ飛ばされた奴いるらしいぜ」
 どんどん伝説じみてくる武勇伝がまぶしいが、三成的にはそんなことはどうでもよかった。大事なのはひとつだけだ。
(吉継が童貞を食い散らかしている……だと……?)
 清楚可憐を絵に描いた(と、三成はかたくなに思いこんでいる)ような吉継が。並みいる童貞を。ちぎっては投げちぎっては投げ。いや、むしっては食いむしっては食い、かもしれぬ。それはどうでもいい。いや、よくはないが、今はいい。
 今こそ、童貞を守ってきたことを寿いだことはない。
(あの馬鹿どもには到底無理だろうが、俺ならばやれる)
 童貞しか容れぬなどという堅固な城、自分ならば陥とせる。根拠のない自信に満ちあふれ、三成は善は急げとばかり、勢いよく立ち上がった。
 そのまま四角四面に踵を返す。吉継の部屋とは逆であるが、三成としては祝卒業の日であった。入念に身を清めて参らねばならぬし、おねね様に赤飯の準備もしてもらわねばならぬ。いろいろと忙しいのだ。
 自然とにやける頬を無理矢理おしとどめた三成の形相は実に鬼気迫るものだったが、いき交わす者たちがおびえて道を譲るのにも、浮かれた三成は気にならぬのであった。

* * *

 ――と、いうのが一刻ほど前である。
 勢いよく吉継の部屋の障子を開け、好きだ、抱かせろ、と男らしく(もちろん三成比である)言ってやると、ぱちぱち三度ほどまたたいた吉継の清楚な雰囲気が、ガラリと変わったのだった。
 そこからはあれよあれよという間に、奥の間に通され、羽織を脱がされ袴を脱がされ着物を脱がされ、気がつけば襦袢一枚で褥の上にいた。
 白い褥の上で正座をし、吉継と向かい合う三成は、初陣ではじめて敵を仕留めたとき以上に緊張していた。
 吉継の纏う空気は、いつもの清廉なそれとはまったく違っていて――淫靡でしどけない、ひどく退廃的なものだった。
 ゴクリ、と三成は喉を鳴らした。童貞には過ぎたる刺激である。
 つ、と腿の上を細い指が這い、三成は大仰に跳ねた。ばつの悪い思いで吉継を見ると、なにやらたいそう楽しげに笑っている。こんな表情も、三成ははじめて見るものだった。
「よ、吉継」
「そう硬くなるな。すべて――そう、俺にまかせていればよい」
 小首を傾げ、甘い声で艶やかに笑うので、三成は本格的に目眩がした。すっかり中てられている。吉継はといえば、そのような反応すら楽しいらしい。目を細め、愛しげに微笑んでいる。
「かわいいな。それに――よい匂いもする」
 ぷっくりとした、桜色の唇が、吐息の触れる距離でささやいた。よい匂いがするのはおまえのほうだ。なにやら香でも焚き込めているのか、うっすらと甘い、花のようなかおりがして、頭がくらくらした。
「口吸いも、はじめてか」
「あ、う……そう、だ」
「そうか。では、ここに」
 螺鈿を削って埋め込んだような美しい爪か、桜の唇をそっと押した。
「おまえのはじめてを、くれないか」
 色の薄い瞳が潤んで揺れる。まぶたがゆっくり閉じられ、唇が薄く開いた。象牙のような歯がチラリと見えて、たまらなくなる。
 もう一度唾を飲み、震える唇をつきだした。押しつけると、やわらかい。
 誘うように、吉継の舌が三成の上唇の裏をチロリと嘗めた。同じように、怖じ気ながら差し出した舌をからめ取られ、吸われる。誘い込まれた咥内はあたたかく濡れていて、心なしかほんのり甘い、ような気がする。
 酩酊したようにぐらぐら回る視界で、吉継がふっと笑んだ。どこか毒のある、妖艶な笑みだった。
 肩を押され、褥に転がされた。発情した猫のようなしなをつくって、華奢な肢体が乗り上げてくる。しどけなく乱れ、鎖骨と胸元がのぞいた襟元と、三成の腹をまたいでいるせいで大きく開いた腿の内側が一度に視界にはいって、三成の心臓と股間は爆発寸前であった。
「触れてもいいんだぞ」
 潤んだ目を細め、小首を傾げて、指先で袷をくつろげる。三成の手を取り、鎖骨のくぼみに指先を触れさせると、ぴく、と震えた。
 てのひらになじむ肌だった。しっとりとなめらかで、上等な着物のようだ。夢中で撫で回すと、くぅん、と犬の仔のような鳴き声があがる。
 すでに滾りきった股間に、細い指が触れてきた。大仰に腰が揺れてしまい、舌打ちをしたのを、笑われた。
「すごいな。もうこんなに」
 下帯を解かれ、取り出された逸物は、かつてないほど張り詰め、先走りをこぼしている。両手で大切そうに包み込んだ吉継は、とろけそうな顔でうっとり頬をすりつけた。つるつると滑らかな白い頬に透明な粘液がこすりつけられ、てらてら光る。
「よ、よしつぐ」
 たまったものではないのは三成である。視覚の暴力のうえ、触感でもひどく焦らされたのではたまらない。ただでさえ射精感を耐えに耐え続けているのだ。すぐに放ってしまうなど、男の沽券に関わるのだ。
「そうか。では、一度出そうか」
 そう言って、いきなりパクリと竿を咥えられたものだから、もう駄目だった。
「うぁっ……!」
  熱い咥内にぶちまけた精液が、喉奥に当たって跳ね返り、竿を浸す感触があった。さすがに咥えた途端に出すとは思っていなかったのか、吉継は大きく眉をしか めたが、喉を鳴らして飲み込んでしまう。ちゅう、と残りを吸い出してしまうと、ペロリと唇を嘗めた。まるで生娘が想い人を見つめるように、眸を溶かし、三 成を――ただしくは、放出しても勢いの衰えぬ三成の逸物を、見つめている。
「これ、挿れてもいいか」
 甘くとろけた声で、吉継がささやく。三成は声もなく、ただ何度もうなずくしかない。
 ひた、と鈴口につけられた孔は、待ちきれないのかひとつ震え、軽く口を開け、吸いついた。きつく勃起した逸物が、また大きくなる。拍子に、孔から外れてしまって、吉継は不満げな声をあげた。
「す、すまん」
「いい。……ふふ、元気だな」
  反り上がる逸物を優しく撫で、こんどは手を添えて、すこし深く含ませた。わずかな抵抗があったが、それでいて、やわらかい。何度か先を含ませては、離すの を繰り返した。物足りない、もっと包まれたい。三成の腰が揺れ、逸物はどんどん張りつめる。皮が伸びきって、痛みを感じはじめたころ、吸い込まれるよう に、ずるりと侵入した。
「ああ……!」
 情けない声を漏らしてしまい、あわてて口を噤むと、吉継の小さな舌が唇を嘗めてきた。竿がすべて熱に包まれ、袋にやわい肌があたるころ、吉継は恍惚とした表情で、三成の顔に何度も口づけた。
「は……三成は、大きいな」
「……っ、おまえは、そんなことを皆に言うのか」
「俺は嘘がつけぬ質だ。おまえのは、大きい……あっ、ん、また」
 包まれた腹の中で、また育つ。それで好いところでも触れたのか、吉継はしどけなく身体をくねらせた。どこまで育つものか、破裂してしまわぬものか、すこし怖くなる。
 身をおこし、三成の腰に尻をつけた吉継は、満足げに腹を撫でた。上から押される圧迫感と、ゆるゆる揺れる内壁、小刻みに締め付けられる口。頭がおかしくなりそうだった。
 耐えきれず下から突き上げると、甘やかな嬌声がこぼれる。そこからは、よく覚えていなかった。すぐにぶちまけてしまい、それでもおさまらずに、勢いのまま組み敷き、何度も突いて、何度も狭い孔に精を撒いた。孕んでくれればよいのに、と、思ったことだけ覚えている。

* * *

 朝になっても、三成は起きあがれなかった。精も根も尽き果てた、というのはこういうことかと、自分の身で立証するのは若干面はゆい。
 褥の上でごろごろしていると、前触れもなく障子が引きあけられた。差し込む朝日がやたらに目にまぶしい。太陽が黄色いというのもあながち誇張ではないと、今知った。
「起きたか、三成」
 ゆうべあれほど乱れたというのに、吉継はといえば疲れひとつも見せず――どころか、心なしか肌の色艶が、いつもよりよいような気もする。機嫌も上々のようだった。
「吉継」
「なんだ」
 返事も、わずかに弾んでいるようだ。重い身体を起こし、三成は乱れた褥に胡座をかいた。
「責任はとるぞ」
 力強く言った三成に、吉継はぱちぱち瞬いてみせる。
「何のだ」
「おまえの純潔を奪ったことのだ」
「純潔」
「おねねさまにはもう伝えてある。祝言は早いほうがよいと言われた」
「祝言」
 可愛らしく首を傾げる吉継の手を取ると、またひとつまばたきをし、三成をじっと見つめてくる。
「わかっていると思っていたが。別に俺は処女でもないし、むしろおまえのほうが」
「いや。おまえは処女だった。俺がそう決めた」
「いや……うん?」
「処女は概念だ。ゆえに概念としてはおまえは処女だった。散らせたのだから、責任は取るべきだ。そうだろう」
「いやその理屈はおかしい。初物は初物だからありがたみがあるのであって、何度も初物があっては意味がない」
「初鰹とて毎年食える。処女が何度も食えない理由がない」
「鰹は毎年違う鰹があがる。なんとなれば、俺は初鰹しか食わない主義だから、おまえにはこたえられん。おまえはもう初鰹ではない」
「童貞とて概念だと思えば」
「童貞は物理だ。そんなふわふわしたものではない」
「では素人童貞ならばどうなのだ。おまえは限りなく玄人だろう。となれば、俺の童貞はまだ生きているはずだ。違うのか」
「俺は金を貰っているわけではないから玄人の範疇には入らぬ」
「金を払うかわりに、対価として童貞を支払っているだろう。つまりそれで商売だ」
 喧々、囂々、どんどん声は大きくなる。優しく握っていたはずの手はがっちり組まれ、両者一歩も退かぬ攻防の様相を呈している。
 終わりの見えぬ禅問答を繰り広げる後ろで、声をかけそびれて立ち尽くす左近がいることに、白熱した二人は気づかない。
 朝っぱらからどうしようもない、かつどうでもいい言い争いが延々と終わらぬので、もう放っておこうかな、と左近は思い、そろそろ怒鳴り声に近くなってきたのをほんのわずかばかりでも遮ろうと、障子をそっと閉める。
 くるりと背を向け、逃亡体勢に入ったところで、廊下の向こうから何人もの女中を引き連れ(その中には吉継にたいそうよく似た顔が見えたので、あれが彼の母であろう)、満面の笑みでやってくるねねの姿が見えた。
 あっ、やばい、これ逃げられない。
 さながら蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くす左近へ、この世の幸せを余さず詰め込んだようなねねの呼び声がかかるまで、あと一呼吸であった。

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